没落大名

日本史上の没落大名に関連する逸話・雑学

戦国~江戸初期

荒木村重のその後~秀吉の相伴衆となった晩年

荒木村重は織田信長に仕えた有力武将でしたが天正6年(1578)に突如謀反を起こし、一族ことごとく信長に処刑されます。しかし本人は逃亡し生き延びて、後に豊臣秀吉(当時は羽柴)の相伴衆となり、利休7哲にも数えられる茶人として活躍しています。
戦国~江戸初期

関ヶ原の戦い~西軍を裏切った武将のその後

半日で決着がついた関ヶ原本戦では西軍から東軍に寝返った武将がおり東軍の勝利に大きな影響を与えました。ここでは、小早川秀秋ら寝返った武将のその後を紹介します。
幕末~明治

万石事件~どうしても大名になりたかった・・・浜名湖面の幻の堀江県

万石事件とは、明治時代初期に石高の虚偽申告が発覚して堀江県知事(旧堀江藩知藩事)であった大沢基寿が処罰され堀江県が消滅した事件です。
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戦国~江戸初期

室町時代の名門・三管領四職はその後どうなった?

室町幕府将軍の補佐役として政権中枢を占めていた三管領四職家は、戦国、江戸時代にはどうなっていったのでしょうか?それぞれの家ごとにその後を紹介します。
戦国~江戸初期

小田原北条家臣のその後~徳川家に仕えた北条遺臣と子孫たち

豊臣秀吉の小田原征伐により小田原北条家は滅びましたが、その後徳川家臣となって存続した主な北条一族、北条遺臣(旧臣)と子孫たちについて紹介します。
戦国~江戸初期

足利将軍家の子孫~喜連川家とは?

喜連川家は足利尊氏の次男で初代鎌倉公方の足利基氏を祖とし、江戸時代は喜連川藩5000石の領主として存続した家です。今回はその存続の経緯とその後について紹介します。
幕末~明治

足利将軍家の子孫~平島公方とは?

平島公方とは、室町幕府11代将軍足利義澄の次男足利義維(義冬)の子孫で、代々阿波国平島に居住していた足利将軍家の一族のことをいいます。今回はこの平島公方家のその後について紹介します。
戦国~江戸初期

信長の子織田信雄のその後

信長亡き後天下の覇権を秀吉と争った織田信雄でしたが、徳川3代将軍家光の時代まで生きたその後半生はどのようなものだったのでしょうか・・・・
戦国~江戸初期

武田信虎のその後~息子信玄から追放された後半生

武田信玄の父信虎は、信玄から駿河に追放された後は大人しく余生を過ごしたと思われがちですが、実は全く違います・・・・
戦国~江戸初期

千姫と坂崎出羽守直盛~大坂城脱出とその後の伝説

大坂夏の陣での落城時に豊臣秀頼の妻千姫を坂崎出羽守直盛が救い出したといわれていますが、二人にまつわる様々な伝説を紹介します。
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