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織田信長の生活~僧侶が武田信玄に語った話

 永禄3年(1560)、尾張に住む天澤という僧侶が旅の途中甲斐国で武田信玄に挨拶で立ち寄った際に語ったという信長の日常生活について紹介します。

 桶狭間の戦いで信長が今川義元を討ち取った直後の話で、信長の若い頃を語ったものとされています。

 それによると信長は、

・毎朝馬の稽古をしていた
・鉄砲、弓はそれぞれ師を付けて稽古していた
・平常は平田三位という師が武道や兵法について教授した
・鷹狩りが好きで度々出かけていた
・舞と小唄が好きであった
・舞は清州町人の友閑という者が教えたが、敦盛を一番しか舞わない
・小唄を口ずさむことが好きであった
ということを見聞きしたということでした。
 信玄は興味を持ち、更に天澤に詳しく話を聞いたところ、
・鷹狩りの際は鳥見の衆20人ばかりが付いていき、信長の二里三里先を走って行って、鳥の所在を知らせる。信長の身辺には弓3人、槍3人の6人衆と呼ばれる近侍を侍らせていた
・信長は鷹を放つのが上手で鳥に見つからぬよう馬に身を伏せながら忍び寄り、巧みに鳥を捕らえた
と伝えたそうです。※この時代の鷹狩りは軍事訓練の一面を持っていたといわれています。
 若い頃の信長は異形を好み、変わった行動を取ってうつけと呼ばれていましたが、今川義元を討ったことで一躍注目の的となり、周囲の大名たちは信長がどのような人物かを見定めようと躍起になっていたことでしょう。
 また、信長の政策、戦術は、単なる思い付きではなく基礎的な素養や経験の上に成り立っていたことを示す逸話ではないでしょうか。