『古事談』は、平安末期から鎌倉初期の公卿、源顕兼(あきかね)が、奈良時代から平安中期にかけての文献や言い伝えから462の説話を集め、鎌倉初期に完成させたものです。
あくまで説話集ですので必ずしも史実とは限りませんが、平安時代の貴族社会の常識、感覚を表しており、また、権力者を憚って表立った文献には書けなかったような興味深い話も多く載っています。
今回はその中から、平安中期、藤原道長の時代についてのいくつかの話を紹介していきます。
寒さ厳しい夜の一条天皇
藤原師実(道長の孫)が上東門院(道長の娘彰子:一条天皇中宮)から聞いた話によると、寒い夜、一条天皇が薄着をされていたため、彰子が訳を尋ねると、「人民は寒い中を過ごしているだろうに、自分だけがぬくぬくと過ごすわけにはいかない」と仰せられたといいます。
乱国の臣
一条天皇が崩御された後、天皇が手元に置いて使っていた箱の中身を道長が確認したところ、
「蘭が茂ろうとすると秋風が吹いてやぶってしまう。同じように、王が良い政治を行おうとすると讒臣が国を乱す」
との内容が書かれた紙があったため、一条天皇が自分のことを書いたのだと思った道長はそれをやぶってしまったそうです。
藤原斉信と藤原行成
後一条天皇の代、正月の行事の際に、本来の役目の者を差し置いて藤原斉信が先払いの声を立てたそうです。この誤りを、藤原行成が手元の扇に書き残して家に持ち帰っていたところ、行成の子行経が参内した際にその扇を持っていってしまいます。
その扇を源隆国が目にしたことで、斉信の失態が宮中に広まり、元々仲の良くなかった斉信は行成を大層恨んだといいます。
行成は、その日の出来事を日記に記すために扇に書き残していたそうですが、そのようなことになるとは思っていなかったそうです。
藤原実資の女好き
藤原実資は、女性関係については堪えることができない性格でした。
実資の邸の前に冷たくて綺麗な水の出る井戸があり、付近の多くの下女たちがよく水を汲みに来ていました。下女の中で気に入った女がいると、年に関係なく実資は誰もいない部屋に引っ張り込んでいたそうです。
それを耳にした藤原頼通(道長の子)は、自邸の侍所の雑仕女の中から美人を選んで水汲みにやらせ、もし誰かから引っ張り込まれそうになったら、水桶を捨てて逃げ帰るように言い含めます。案の定、実資がその雑仕女に手を出そうとしてきて、女は言われていたとおり水桶を捨てて逃げ帰ります。
後日実資が頼通の元を訪ねて政について話をした際、頼通が「ところで、先日の侍所の水桶を返していただけないか」と言ったところ、実資は赤面して黙りこくってしまったそうです。
また、藤原実資は「香炉」という遊女を愛していたそうですが、藤原教通(道長の子)もこの香炉を愛していたので、実資は香炉に対し、「私と髭のどちらを愛しているのだ?お前は大臣二人と通じているのだぞ」と言ったと(教通は髭が長かったので「髭」と呼ばれていたそうです)。
そんな実資でしたが、亡くなった時は、京中の諸人が門前に集まって悲しんだとされています。
藤原実資と藤原道長
藤原道長が物の怪に悩まされ体調を崩していたとき、実資が見舞いにやってきます。
実資の前駆の声が聞こえると物の怪は、「賢人の前駆の声が聞こえる。この人には出会いたくないのに」と言って退散していき、道長の体調は回復したそうです。
またある時、道長が諸人に内緒で寺院の馬場において源頼光の家来である坂田金時と乗り比べをします。
結果は金時が勝ったのですが、この時馬場の端で古びた車に乗った実資が見物しており、金時に豪華な打衣(うちぎぬ)を褒美に与えます。
金時はそれを肩に掛けて道長の元へ戻ったので、道長が驚いて、「それはどうしたのだ?」と尋ね、金時は「実は実資様が馬場の末で見物なされていたのです」と答えたそうです。
藤原頼通と宇治平等院
藤原頼通(道長の長男)が宇治に平等院を建立した際、付近の土地の多くを寺領として勝手に取り込んだそうです。これを聞いた御三条天皇が、「なぜそのような不法なことをするのか」と、役人を派遣して取調べるよう命じます。
それを聞いた頼通は、平等院の門前に幕を張って御馳走を並べ、歓待の準備をして役人を待ち構えたので、驚いた役人は何も調べずに帰ってしまったそうです。
清少納言の晩年
清少納言が落ちぶれて暮らしていたとき、若い公家たちが牛車に乗って邸の前を通りかかります。
公家たちは朽ち果てた邸を見て、「清少納言もひどく落ちぶれたものよ」と話していたところ、邸の縁でそれを耳にした清少納言は、簾を上げて、
「駿馬の骨を買った人もいる」(優れていたものは形を変えても価値がある)
と中国の故事を引き合いに出し、言い返したそうです。
また、清少納言は出家後に兄の家で暮らしていたそうですが、その兄が源頼光と争いになり、頼光四天王が兄を襲撃してきます。
兄は殺され、一緒に暮らしていた清少納言も男と思われて殺されようとしますが、衣を捲り上げて女であることを明かして難を逃れたといいます。
道長の犬と悪霊左府
こちらの話も『古事談』に登載されているものです。
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